エメラルドの買取数あるエメラルドの買取店のサイトの中から、まんりょうのサイトにお越しいただき、ありがとうございます。エメラルドの売却をお考えでしょうか?ここでは、当店でのエメラルドの買取についてご説明させていただきます。

こんにちは。福岡市中央区平尾の ManRyo まんりょう です。

世界三大美女の一人、クレオパトラがこよなく愛したエメラルドは、古来より非常に貴重な宝石として世界中で愛されてきました。美しさと脆さをあわせもつエメラルドは、取り扱いに注意すべき繊細な宝石です。

まんりょうのエメラルド査定

まんりょうにエメラルドの査定をお申込みにきていただければ、すぐにスタッフが丹念にお調べいたします。特に次のポイントで査定額が変わってきますので、可能であればお持ちください。

  • 購入時の付属品である箱やギャランティーカードなどございましたら合わせてお持ちください。
  • 汚れやほこりを簡単に磨いてください。ただしエメラルドは衝撃に弱いので、超音波洗浄などは行わないでください。
  • 他の品物とセットで売却いただくと、査定額がアップします。

特に石の色合いや産地、ひび割れの状態などで査定額が変わってきます。エメラルドは過酷な条件で結晶化するため、もともとひび割れや傷、微量の液体などのインクルージョンが多い宝石です。「欠点のない人間と欠点のないエメラルドはない」という西洋ジョークもあるほどです。産地の中ではコロンビア産の良質なエメラルドは特に高い査定額となります。

エメラルド高価買取事例

エメラルドリング
こちらは以前買取させていただいたエメラルド プラチナダイヤのリングです。深い緑色に青みがかった色合いで、周囲を取り囲むダイヤのクオリティーも高いため、60万円で買取させていただきました。

なお、私共のような買取店の買取額は特にどのようなところで変わるかご存知ですか?買取額は次にどのような流通ルートへ販売するかで決まってきます。次に買う方が安い値しかつけなければ、どんなに「高く買い取ります」と言っても大言壮語するだけで、買取価格は安く抑えるしかないのです。

まんりょうでは買取させていただいた品物は、骨董品買取でおなじみの「本郷美術骨董館」をはじめ、品物は一点一点吟味して丁寧に取り扱い、その道のプロへ販売させていただいております。大切に扱われていたエメラルドを、大切に扱う方へと販売させていただくことを心掛けています。

エメラルドの買取なら、福岡市中央区平尾の ManRyo まんりょう へぜひお持ちください。

エメラルドのエピソード

古来より大変貴重とされてきたエメラルドには様々な逸話があります。ここではそのいくつかを紹介させていただきます。また、ぜひまんりょうにお越しいただければ、エメラルドの話以外でも様々なお話をしたいと考えております。お客様とお話しできることを楽しみにしています。お気軽にお越しください。

エメラルドという名前は、ギリシア語で「緑色の石」を意味する「エスメラグドス」に由来し、宇宙の生命力や心の至福を象徴する石とされました。一方、中央アメリカでは、エメラルドは豊かさを意味していて、メキシコのアステカ族はエメラルドを、緑色の長い羽を持つ、春の再来を象徴する鳥ケツァールと結びつけて考えていました。また、キリスト教の聖書の中では、エメラルドと地獄の悪魔が関連付けられています。

中世の民間伝承では、エメラルドは魔術的な石であり、万能の力を持っているとされました。死後の世界で誕生したエメラルドは、すべての悪魔の秘密を知っているため、悪魔に立ち向かうことができるそうです。そのことから、たとえばインドでは、マムシやコブラはエメラルドを見ただけで目玉が破裂してしまうと考えられるようになりました。

中世に発見されたエメラルド碑板には、錬金術師たちが最終的に探し求めていた「賢者の石」をつくる方法が書かれていたと言います。この碑板は、極秘のものの伝授やそこへの到達を象徴しています。当時エメラルドは、この上なく貴重なものであり、「天の花」であるとみなされていました。

巨大なエメラルドに刻まれた錬金術文書には、古代エジプトの知識の神トートのミイラと共に発見されたという神話が刻まれています。また、錬金術師たちは、エメラルドは自然全体に生命を吹き込む石だと考えていました。

一方、イエス・キリストが最後の晩餐に用いた聖杯が、サタンの兜から落ちたエメラルドでつくられていたものだったという伝説もあります。

紀元前19世紀、中王国時代のエジプトでは、貴族階級の葬儀用装身具がエメラルドで飾られていたが、本物の石を使うことは非常にまれで、たいていは緑色かほかの色のついた陶器がエメラルドのかわりに用いられていました。

エメラルドに鎮静効果があるということは、昔から良く言われています。ローマ皇帝ネロがエメラルドごしに剣闘士たちの闘技を観戦したという話は有名ですが、これは残酷な協議を見る時に興奮を抑えるようにするためだったと言います。

船乗りや漁師たちにとって、エメラルドはその緑色と海の色が似ていることから、嵐に対する重要なお守りとされていました。

しかし、石が象徴するのは良きものだけではありません。時には逆転して不吉なものや、危険、脅威を意味することがあります。ドイツのミュンヘン大聖堂には、エメラルドでできた聖ゲオルギウスの倒した竜がありますが、そのエメラルドは中世に呪いをかけられた石だと伝えられています。

クレオパトラ鉱山

新大陸が「発見」される以前、エメラルドの大半は、エジプトの鉱山から算出されていました。たとえば紀元前1400年ころには、エジプト王セティ1世が、東の砂漠に金とエメラルドを探しに行ったという記録が残されています。

古代エジプトの鉱山があった具体的な場所については長い間知られていませんでしたが、1830年ころにフランスの探検家フレデリック・カイヨーが、紅海沿岸の砂漠地帯にあるザバラ山近郊に、エメラルドをこよなく愛した女王クレオパトラの名前をとってクレオパトラ鉱山とよばれるエメラルド鉱山があったことをはじめて特定しました。

その鉱山からは、特に見事なエメラルドが算出したわけではありませんでしたが、ギリシア・ローマ時代やその後のオスマン帝国支配下でさかんに採掘が行われ、1740年までつづきました。20世紀初頭にかつての栄光をとりもどすべく再開発が試みられたが、すべて失敗に終わっています。

エジプトで産出するエメラルドには、博物館に展示されるようなものはほとんどありませんでしたが、地中海沿岸地方では広く普及していました。とくに、エメラルドには視力が良くなる不思議な力があると考えていたローマ人のあいだで、高値で取引されていました。また、ローマ教皇ユリウス2世の三重冠を飾っていた豪華なエメラルドは、エジプト産だといういいつたえがあります。しかし実際にはコロンビア産で、この石はのちにローマ教皇グレゴリウス13世に贈られました。