「時間をはかる機械」を表す言葉は、日本では「時計」しかありませんが、英語ではクロック(Clock)とウォッチ(Watch)の2つがあります。クロックは置時計や掛時計、ウォッチは腕時計や懐中時計を意味します。つまり、その違いは携帯用か、そうでないかということです。時計の発展史からみると、まず最初にクロックができ、それが小型化したものがウォッチということになります。

機械時計が発明されたのは1300年代ころと言われています。イタリアの修道院で、目覚まし用に作られたそうです。それが発明される前は、人々は日時計や水時計、火時計で時刻や時間の流れをはかっていました。

日時計 水時計 火時計

初期の機械時計は、塔時計という形をとっていました。教会や城郭、高い建物などに取り付けられ、人々に時を知らせていました。これらの時計には必ず鐘がついていて、時間がくると自動的に鳴る仕組みになっていました。ちなみに、クロックという言葉は、ラテン語のCLOCCA=鐘に由来すると言います。その後、この塔時計を小型化して、室内用時計も作られるようになりました。

教会 時計
ゼンマイ

初期の機械時計は重りを垂らし、それを動力にしていました。それが16世紀になると、ゼンマイで動く時計が主流になっていきます。このゼンマイのおかげで、重りを垂らす必要がなくなり、時計は小型化の道を歩むことになりました。

といっても、重りを垂らすタイプの時計がまったく消えてしまったわけではありません。17世紀中頃のイギリスでは、長い重りをケースですっぽり覆ってしまうロングケース・クロックが生まれました。ケースには見事な細工が施され、上流階級のステータス・シンボルとしてもてはやされました。

ロングケース・クロック
懐中時計 オメガ

さて、ゼンマイを利用して小型化が進んだことにより、それまで壁に掛けたり、棚に置くしかなかった時計を持ち歩くことができるようになりました。ウォッチの誕生です。それは最初、懐中時計という形になって現れました。ただし、初期の懐中時計はかなり大型で重く、ジャケットの内ポケットに収まるというものではありませんでした。そのため、首から下げたり、お供の召使いに持たせたりしたといいます。16世紀後半以降は懐中時計の製作がかなり盛んになり、上蓋などに七宝細工を施したり、細密画を描いたりといった、装飾性の高いものも登場します。また、技術の向上により、精度もアップしていきました。

この時代には時計製造会社も誕生しました。1755年創業のバセロン・コンスタンチンをはじめ、パテック・フィリップやオメガ、ウオルサム、ピアジェ、オーディマ・ピゲ(以上すべてスイス)など、現在も高級時計メーカーとして名を馳せる会社が続々と生まれたのです。

18世紀後半~19世紀に活躍し、なかでもとくに、時計史に名を残すのがアブラハム・ルイ・ブレゲです。スイス生まれの彼は、1775年、28歳のときにパリで時計店を開業します。彼の造る時計は繊細かつ優美なデザインと精巧な造りによってまたたくまに人々を魅了しました。のちに、「彼は時計の歴史を200年早めた」といわれました。

当時、時計はぜいたく品でしたが、とくにブレゲの時計は高価なことで知られていました。顧客リストには、世界各国の国王や貴族たちが名を連ねていました。なかでも有名なのが、マリー・アントワネットです。彼女は取り巻きの人たちへのプレゼントには、必ずブレゲの時計を使うほど気に入っていたといいます。

そして、1783年、マリー・アントワネットはブレゲに、「お金と時間はいくらかかってもかまわないから、金をふんだんに使った世界最高の時計を造るように」と注文しました。ブレゲは実に40年もの歳月をかけてこの時計造りに取り組みました。この時計は、当時の最新技術をすべて盛り込んでおり、たとえば31日の月、30日の月、2月、そしてうるう年を自動補正する機能さえもついています。現代のブレゲ社が復元すると2,000万円はくだらないと言います。しかし、皮肉なことに、完成した時には、マリーはすでに断頭台の露と消えたあとだったのです。

マリー・アントワネット
マリー・アントワネット ブレゲの金の懐中時計

この「マリー・アントワネットの金時計」は、しばらくは売りに出されず、ブレゲ家でずっと保管されていましたが、1887年にブレゲの孫の未亡人によって、600ポンドで売却されました。1983年にイスラエル・エルサレムのL・A・メイヤー記念イスラム美術館から盗まれ行方不明となっていましたが、2007年11月11日に約25年ぶりに発見され、現在は同美術館に展示されています。

貴族の持ち物であった懐中時計が大衆化されるのは、19世紀末です。それまではゼンマイを動かすためには、鍵でネジを巻いていました。このネジは半日くらいしか持たず、貴族たちはいとおしむように一日に何度もネジを巻いたと言います。

それが、19世紀になると、竜頭でゼンマイを巻く方法が考案されました。ネジを省くことにより、大量生産が可能になった懐中時計は一気に大衆化して、近代ヨーロッパのシンボルとなったのです。

出典:開運!なんでも鑑定団1(1995年)角川書店